大手アパレルブランドとして、ファッション業界のサステナビリティをけん引しているH&M。Fashion Revolutionの「Fashion Transparency Index 2020」では250のファッションブランドから第一位に選ばれ、「透明性」(※)についても高く評価されています。
今回は、大手アパレルブランドならではのサステナビリティ活動について、SDGsライターのさくらが同社サステナビリティ担当の山浦様と、広報の田中様(以下敬称略)にお話を伺いました。
※:自社のサプライヤーや、サプライチェーンに関するポリシーおよびその実践、そして社会や環境に与える影響などの情報をどの程度開示しているか。
(「H&Mグループ、『ファッション透明性インデックス2020』でトップに」より引用)
H&Mジャパン CSR/サステナビリティ担当 山浦誉史 様
「ファッションをより長く楽しむ」ためのサステナビリティ
さくら:貴社は環境問題や社会問題などの解決のために積極的に活動されていて、今や「H&M=サステナビリティ」というイメージが定着していますが、サステナビリティ活動はいつごろから始められたのでしょうか。
山浦:スウェーデン本社では1990年代からファッション業界全体が直面する課題に都度対応する中で段階的に取り組みを進めてきました。2000年代初頭にはサステナビリティ部門が発足し、持続可能な社会の実現のために様々な活動をしてきました。日本では2010年頃に本格的に活動を開始し、ファッション業界が直面している環境・社会問題に対する日本での意識向上を目指して取り組みを続けています。
H&Mグループのサステナビリティ・ガバナンス
引用元:H&M Group Sustainability Performance Report 2019, p.14 (https://sustainabilityreport.
さくら:全社的には20年以上サステナビリティ活動をされているのですね。その姿勢を社内で共有するためにはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
山浦:「ファッションとクオリティを最良の価格でサステナブルに提供する」というビジネスコンセプトを基本として、全社員が常にサステナブルなマインドを持って業務を行っています。そもそも私たちが言う「サステナビリティ」とは、「ファッションをより長く楽しむ」ということです。その考えを全員に持ってもらうために、各店舗にサステナビリティ担当を配置したり、研修を通じて従業員同士でサステナビリティを自分の言葉で共有する機会を設けたりしています。
さくら:サステナビリティ活動のために、社内での意識統一が徹底されているのですね。
Conscious Exclusive 2020年秋冬より、リサイクルポリエステル100%のチュールワンピース
キーワードは「循環型」
さくら:ファッションとサステナビリティの両立を達成するためにはどのようなことが重要なのでしょうか。
山浦:私たちはサステナビリティ実現のために、「循環型」をキーワードにしています。つまり、製品のデザインからサプライチェーン、そしてお客様の手元に渡ったあとの回収にいたるまでのあらゆるビジネスの段階に循環型を取り入れ、できる限り資源を循環させたり、人々のライフスタイルに合った商品を長く提供できる形を目指しています。古着回収サービスや、商品のレンタル・リペア・リメイクなどはその中でもお客様のかかわる取り組みの一例です。他の業界でも同じことですが、従来の「原材料の生産→製造→販売→廃棄」という直線型のビジネスを継続すると、廃棄物が大量に発生し、このままでは地球が一つでは足りなくなってしまいます。そのため、今後はより一層「循環型」が重要になっていくと思います。
さくら:柔軟な対応によって「循環型」を創り出すことが重要なのですね。アパレル業界では新しい商品を製造し流行を取り入れることも重要になってくると思うのですが、生産量とサステナビリティの両立についてはどのようにお考えでしょうか。
山浦:私たちの展開市場は70以上の国と地域に渡っており、サプライチェーンも含め比較的大きな規模でビジネスを展開していますので、必然的にそれに合わせた生産量となります。ですが、需要に合わせて供給量を調整することは欠かさずに行っています。2018年にはAI部門が発足し、より高度な需要予測ができるようになっています。生活者の需要に合わせ、資源を無駄にしない生産を今後も行っていきたいと思っています。
さくら:サステナビリティ達成のためにはテクノロジーも積極的に利用することが重要ですね。
H&Mでは国内全店舗で古着回収サービスを展開している
高い評価を受けるH&Mの透明性
さくら:貴社は透明性(どれだけ情報を開示しているか)について高く評価されていますが、H&M本社のある北欧と日本では考え方に何か違いがあるのでしょうか。
山浦:私たちが知りうる限り、社会問題に対する消費者の関心度は、ヨーロッパでは児童労働問題への関心が高く、アジアでは大気汚染などの環境問題への関心が高いといった地域差はありますが、根本的な部分において透明性が重要だという意識には違いはありません。
さくら:なるほど。生活者とのコミュニケーション面では、情報を開示し安心して商品を買ってもらうためにどのようなことを行っているのでしょうか。
山浦:毎年サステナビリティレポートを発行し、環境問題や労働問題に対する成果を公表しています。またオンラインで展開する全商品に対し、それぞれがどの国のどの工場で製造されたのかの情報をお客様が得てから購入できるように、商品ページにて掲載しています。
さくら:私も以前試してみたことがあるのですが、オンラインサイトで商品を検索すると、その商品が生産された工場まで表示されますよね。大手アパレルブランドとしては、先進的な取り組みだと思いました。このような仕組みづくりにおいて、何か苦労したことはあるのでしょうか。
山浦:サプライチェーンが長いゆえに関わる人や企業も多いため、まずはその情報を整理することに苦労しました。また、生活者が商品の生産過程において求めている情報は何か、どこにその情報を載せるか、といった内容を決めるのに多くの時間を要しました。現在公開している情報については、「Human Rights Watch」という国際人権組織の基準に沿っています。
さくら:生活者が求めている情報をまとめ、適切に公表することは重要ですね。
H&M公式ウェブサイトでは、商品ごとに製造工場を見ることができる
700以上のサプライヤーを適切に管理する
さくら:貴社は自社工場を保有していませんが、それはなぜでしょうか。
山浦:様々なビジネスの方法があると思いますが、H&Mでは自社工場を保有する代わりに既存のサプライヤー企業と提携して製品を生産しています。通常そのような設備にかかる莫大なコストを抑えることも私たちの製品・サービスをお客様にとって手ごろな最良の価格で提供できる一つの理由です。また、多くの市場で商品を展開しているため、輸送のコストや環境負荷、ビジネス上のリスクを軽減するためにも各国のサプライヤーと提携して商品を製造しています。
さくら:どのようにして提携工場の適切な労働環境を整えているのでしょうか。
山浦:現在700以上のサプライヤーと提携し、そこではおよそ160万人が働いているため、雇用への責任は大きいと感じています。そのため現地にプロダクションオフィスを配置し、日々のやり取りや専門スタッフによる各工場の定期監査が行われています。また、H&Mのサプライヤーになるためには「サステナビリティ・コミットメント」への署名が必要で、労働環境、エコシステム、動物福祉などの厳しい基準を満たさなければサプライヤーにはなれない仕組みになっています。
さくら:多くの労働者を抱える責任を、適切な監査と厳しい基準により果たしているのですね。
H&Mでは700以上のサプライヤーと提携している
日本の生活者に寄り添う取り組み
さくら:日本支社ではどのようなことを意識して生活者とのコミュニケーションを行っていますか。
山浦:日本では、本社のあるスウェーデンと比べ、環境問題や社会問題を自分事として捉えている人が少なく、「サステナビリティ」という言葉が「リサイクル」などと比べ市民権を得ていないような状況です。そのため、日本の生活者にもサステナビリティを身近に感じてもらえるような発信を意識しています。
さくら:具体的にはどのような取り組みをされていますか。
田中:2020年に行った「#ファッションでアクション」というサステナブル・キャンペーンの一環では、Twitterで、ファッションを通してできるサステナブルな行動を4択で選べるような投稿をしました。自由に投稿してもらう形ではなく、4択という選択肢を設けて気軽に参加できる形にすることで、あらゆる層の生活者に、これらの行動もサステナブルなアクションの一つだと気づくきっかけを提供できたのではと思います。また、サステナビリティは見返りがあるから取り組むというものではないという考えから、プレゼントキャンペーンという形にはしなかったのですが、それでも結果的に多くの方に参加してもらうことができました。弊社のプレゼントキャンペーンを除いた他のキャンペーンの平均と比較してもエンゲージメント率が高く、いいねやツイート数が多くみられました。コレクションや特定の商品に絡めた発信ではなく、サステナビリティのみをテーマとしたキャンペーンで、かつプレゼントキャンペーンでもないことを加味すると、予想を上回る結果でした。中でも特徴的だったのは、いいねの割合が他のキャンペーンと比較して多くみられ、これはあくまでも推測にはなりますが、サステナビリティというトピックに興味関心を持っているものの、自ら発信するまでには至っておらず、代わりにいいねを通して興味関心を示しているのではと考えています。
さくら:環境問題や社会問題に対する意識の差に関わらず、あらゆる生活者に寄り添った情報発信によって、多くの人にサステナブルな考え方を伝えられているのですね。
2020年にはサステナビリティに特化した「#ファッションでアクション」のキャンペーンを日本独自で展開した
バリューチェーンを通じたクライメットポジティブを目指す
さくら:最後に、サステナビリティ実現に向けた今後の展望について教えてください。
山浦:グループ全体でカギとなる目標が3つあります。一つめは「2020年までに使用するコットンを全てリサイクルまたはサステナブルにする」という目標で、これは2020年中に達成することができました。二つめは「2030年までに素材を全てリサイクルまたはサステナブルに調達されたものへと切り替える」という目標で、これは2020年度末時点で65%達成しており、2021年中には70%以上となるよう目指しています。三つめは「2040年までにバリューチェーンを通じてクライメット・ポジティブを達成する」という目標です。これは、使用素材の選定、輸送、販売、販売後の製品の消費、消費後の回収・リサイクルなどをデザインの段階から考慮し、提供する商品やサービスから生まれる価値連鎖(バリューチェーン)の中で、排出される以上の温室効果ガスを吸収するというものです。
これら3つの目標を軸に、サステナブルなファッションをより多くの人に届け、業界大手としてアパレル業界をプラスの変化に導く役割を果たしていきたいと思っています。
さくら:本日は貴重なお話をありがとうございました。
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取材を終えて
以前からサステナビリティ実現に向けた様々な取り組みを拝見してきたので、実際にどのようなことを意識しているかなどのお話を伺うことができて非常に勉強になりました。今後もサステナビリティ実現に向けたさらなる活動を見ることができるのを楽しみにしています。