2020/02/28
APSP第27回定例セミナーレポート
ソーシャルプロダクツ・アワード2015優秀賞 受賞商品に学ぶ
伝統工芸の新しいカタチ~協業で価値を創造するユニバーサルデザイン食器~
伝統工芸を現代の生活になじむ商品として生まれ変わらせた「楽膳(Rakuzen)」の漆器。使いやすさ、美的造形性の高さを兼ね備えており、単に伝統工芸品に現代テイストを加えただけの商品ではありません。商品開発の段階から障がい者に参画してもらい、彼らの視点を取り入れたものづくりをすることで、「障がい者とともにつくるユニバーサルデザイン」という新しいコンセプトを生み出しました。
同商品は「ソーシャルプロダクツ・アワード2015」において、その斬新なコンセプトがとくに評価され、優秀賞に輝いています。本セミナーでは、合同会社楽膳の代表社員である大竹愛希様に、事業立ち上げから現在までの経緯、商品開発時の工夫や苦労、今後の展望などについて具体的なお話を伺いました。
【タイトル】 伝統工芸の新しいカタチ~協業で価値を創造するユニバーサルデザイン食器~
【 講演者 】 合同会社 楽膳 代表社員 大竹 愛希 様
【受賞商品】 楽膳椀:ソーシャルプロダクツ・アワード2015 優秀賞 受賞商品
1. 楽膳椀について
「使うひと、作るひと、みんなにうれしいデザイン」というテーマのもと、どの商品もユニバーサルデザインでつくっています。通常の食器を持つのが難しい障がい者、握力が弱くなった高齢者、お茶椀の持つ練習を始めた小さなお子様まで、みなさんにとって使いやすいデザインを意識しています。
楽膳は、企画から販売に至るまで協業で取り組んでいます。障がい者支援を行うNPO法人シャローム、漆器職人と連携しながら商品開発・展開しています。障がいを持つ人びととともに商品企画・開発・デザインし、漆器職人と試作を繰り返しながら商品を製造し、最後にその商品のストーリーを伝えながら販売しています。
2. 商品開発の経緯
楽膳は、ある障がい者の一言がきっかけで始まりました。手に障がいを持っている方とコーヒーを飲んでいた時に聞いた、「このコーヒーカップ、僕には持ちづらいんだよね」という何気ない一言です。その時から誰もが持ちやすい食器について考えるようになりました。そこで、そんな食器の開発に向けたワークショップを開催し、障がいの有無に関わらず、様々な人にご参加いただき、一緒にわきあいあいと意見を出し合いながら試作を重ねていきました。
商品化を考え始めた頃に、地元の伝統工芸である会津塗に惹かれ、会津漆器で持ちやすい食器をつくることにしました。プラスチックでユニバーサルデザインの食器は介護用品を連想してしまう可能性があるので、漆器でお洒落な食器にしたいと考えました。また、需要や職人が減少傾向にある漆器産業を少しでも盛り上げたいという気持ちもありました。漆器でユニバーサルデザインの食器をつくって販売するため、合同会社楽善を設立し、本格的に商品開発と販売方法を模索していきました。
楽膳の特徴である持ちやすくするためのくぼみは、一つひとつ手作業で施さなければいけません。よって、通常の漆器と比べて作るのに手間がかかる設計となります。それを引き受けてくれた職人さんの1人は、お父さんが病気の後遺症で手が不自由になったという経緯から、楽膳椀のデザインやコンセプトに共感していただき、「他人事とは思えないから」と生産に協力してくださいました。
3. 事業開始から現在までの経緯
そうした経緯で何とか商品開発を成し遂げ、本格的な事業展開に入っていったのですが、勢いと熱意はあるものの、知識も経験もない状態でのスタートでした。試行錯誤をしながら積極的に展示会に出店したり、メディアで紹介してもらったりする中で、徐々に評価されるようになりました。
福島の漆器ということもあり、海外の展示会でも評価していただけたのですが、「美しいね、でも…」となかなか購入はしてもらえませんでした。海外では食洗器や電子レンジが主流のため、それらに対応不可の漆器は日常使いが難しいというのが原因だったようです。また、国内においても、「素敵ね、でも高いし傷つけそう…」といった漆器に対するお客さまのハードルが課題となりました。Webサイトでも、閲覧数が伸びているにもかかわらず売上が伸びなかったりと、漆器の美しさに惹かれながらも、購入して普段使いすることに抵抗がある人が多い印象でした。
よく漆器に対して「扱いづらい」といったイメージが持たれがちですが、案外そんなことはありません。漆には抗菌作用があり、洗剤無しでもサッと汚れが落とせるのでお手入れが簡単です。また、壊れたときには修理することができるので長く使っていただけます。長く使うことで、家族の想い出やストーリーが息づいていきます。
漆器に対するハードルを乗り越え、その魅力を伝えるためには直接販売が適切と考え、現在はそちらに注力しています。単に商品を並べるのではなく、お客様が商品を手に取りながら良さを理解してもらう体験型PRで販売するように心がけています。実際に漆器の上にお料理をのせて扱い方も説明するなど、なるべく漆器に対するハードルを下げるように工夫しています。親子の食育イベントや着物と和食のイベントなど、楽善椀と親和性のあるイベントでも販売しています。
4. 今後の展望
今後は物販からデザイン受託に事業の軸を転換していく方針です。会社を立ち上げた頃は、とにかく商品をたくさん売って職人の収入に繋げたいと考えていましたが、現在はデザインの力を活用して、障がい者を含む生活者のより良い暮らしや伝統産業の活性化に貢献していきたいと考えるようになりました。時代の流れも、大量生産・大量消費からストーリー性や希少性があるものを大切に使う時代にシフトしつつあります。見せかけの漆“風”の食器ではなく、職人さんが一つひとつ手作業でつくった本物の漆器を伝えていきたいです。
障がい者の何気ない一言から楽膳椀というソーシャルプロダクツが産まれたように、マイノリティの人たちの気づきが商品開発で強みになることがあります。楽膳椀のようなユニバーサルデザインの商品を日常的に使うシーンが増えることで、お互いが気づきあえる社会の形成に繋がっていったら幸いです。これからもデザインの力で、障がいを持つ人や地域の人がもっと活躍できる社会づくりに貢献していきます。