2016/08/29
第十八回:企業の社会的取り組みを“真の競争優位”につなげるための戦略とマネジメント
テーマ:「企業の社会的取り組みを“真の競争優位”につなげるための戦略とマネジメント」
日時 2016年7月25日(月)18:30-21:00場所:ソーシャルプロダクツ普及推進協会会議室
【講演】株式会社ソーケン 代表取締役社長 有吉 徳洋様
【解説】CSRコンサルタント(第一カッター興行株式会社監査役、静岡市CSR企業表彰専門委員会 委員長) 泉 貴嗣様
近年、企業のCSRやソーシャルプロダクツに注目が集まっています。しかし、それらが一過性のもので終わってしまい企業の収益に繋がらないという事例は珍しくありません。それどころか、企業の負担にすらなっている場合もあります。企業が社会的取り組みに対してマネジメントの視点を取り入れ、戦略的に活用し、事業成果に繋げていくためにはどうしたら良いのでしょうか。
創立50年を迎えた株式会社ソーケンは、オフィスやショールーム、美術館、博物館などの設計・施工・デザインや店舗再生を行う他、WEBデザインや木工の自社工場運営など多岐に渡り事業を展開しています。また、有吉社長が中心となり、地域活性化プロジェクトやCSRアニメ映画の作成など様々な社会的取り組みも推進しています。業績は好調で、収益は継続的に増加しており、昨年は過去最高益を達成しています。
企業としての社会的取り組みを収益に繋げることに成功している同社の事例ついて、有吉社長ご自身が社長に就任された当初のことから振り返り、お話をしてくださいました。
12年前に先代の社長が亡くなり、事業継承をした当時、企業におけるCSRの取り組みは、まだ世間から十分に認知されていない状態でした。有吉社長は当時からの苦労を次のように語ります。
「自分たちが使っている木材が違法伐採されたものでないか明らかにしていくといった取り組みは、当時、多くの業界関係者などから反感や誤解を受けました。行政からも『詐欺ではないのか?』と怪しまれたほどです。わざわざ業界の裏を暴くようなことをしないでほしいと、取引先から苦言を呈され、取引を打ち切られたこともありました。CSRは無意味であるという声も本当に多くの人から受ける中で、これで良いのかと随分悩みましたが「CSRは意味のあることなんだ」と主張を続け、少しずつ理解者・賛同者を集めることに成功しました」
有吉社長がCSRを始めたきっかけは、先代の社長が残した手帳でした。そこには、社員とその家族のための丁寧な会社づくりの指針が書かれていました。さらに、自分たちが扱う「木」を大切に考えていくことの必要性も書かれていたため、事業の在り方を改めて考え直すきっかけとなったのです。有吉社長は、商材である木を実際に自分たちの目で見ることから始めることにしました。
扱っているものを知ることは、扱っているものに対する愛情と誇りを生み、それが仕事にも跳ね返ってきます。そのため、同社では、毎年新入社員が入ると、千葉県山武市に赴いて商材である木材がどのように作られているかを見に行くという取り組みをしています。植林された木が数十年後に出荷され商材となることを知り、社員一人ひとりが木材の大切さを実感する機会となっています。安い木材ならどんなものでもいいという時代ではありません。
さらに、従来は産業廃棄物となっていた木の端材を使用し、再生利用するプロジェクトも行っています。設計・デザインを担当する社員がアイデアを出し合い、余った木材でクリスマスツリーを作って児童養護施設に寄付したりしているのですが、施設の倉庫に収納しやすい設計を考え、分解できる作りにするなど、木材活用の創意工夫をこうした取り組みを通じて引き出しています。
また、CSR活動の一環で川崎市の養護学校に対して内装のプレゼントを行ったこともあります。子どもたちが提案したデザインを取り入れ、社内の職人と一緒に内装工事を体験できるようにしました。内装工事は地味な仕事であり、通常であれば職人が工事後にお礼を言われることはありません。しかし、学校の内装が完成すると子どもたちから拍手喝采をもらいました。それによって職人のモチベーションが上がり、自分の仕事に誇りが持てるようになるなど、とても貴重な経験となりました。
社員に前向きな意識を生み出し、その意識を高め、能力を引き出していくことは会社の収益を上げていく上では欠かせないことであると有吉社長は仰いました。
その他にも、CSR活動を通じて千葉ロッテマリーンズの今江選手と縁ができ、児童養護施設の子どもたちや地域の人々を巻き込んで野球教室を開催するなどしていますが、このような活動から球団と接点ができ、球場の内装関係の仕事につながったりもしています。また、選手たちの折れたバットを活用した球場内の神社づくりや、商品開発の話も現在進行中です。社会的活動が人と人との繋がりを広げ、新たなビジネスに結びついているのです。
このように企業の収益向上にもつながりうるCSRですが、関心がなかったり、よく理解していない社員も少なくありません。そうした一人ひとりの社員を積極的にCSR活動に参加させるためには、社員の興味・関心のある分野をCSR活動と関連させていくのがよいと有吉社長は言います。
その具体的な例として、「キャットタワープロジェクト」の紹介がありました。CSRにはあまり関心がなかったがとにかく猫が好きな社員がいたので、その社員に間伐材を活用した猫向けのグッズなどを考えてはどうかと投げかけたところ、今はその社員が中心になってプロジェクトを進行しているそうです。自分が好きなものが絡むことにより、積極的に活動に参加し、CSR活動に対する理解も関心も高まったわけですが、これも戦略的なマネジメントと言えるのではないでしょうか。
また、この話に対して、協会会長の江口からは、企業がCSR活動を行う時、社員もしくは企業全体の「コンフォートゾーン」(気持ちよく参加できる領域)を意識してテーマを設定する必要があるとのコメントがありました。有吉社長は「社員も幸せになるCSR」を目標として掲げ、まさにそれを実践し、成果にもつなげているようです。
CSRが事業上の成果を上げる上で重要なポイントはもう一つあります。限られた人だけでCSRを行うのではなく、異業種の方との交流や情報交換を積極的に行うことです。ソーケンの場合は、CSRを通じた交流の中で、数字にこだわり、営業の利益率を高めている企業に出合ったことが、社員の意識改革に繋がり、その結果、利益率が倍以上に上がったそうです。
CSRを通じた他の企業との接点は、営業に活きると同時に、そこからの刺激を受け、学び、社内でのブレイクスルーにつなげることにより、着実に企業業績を向上させることができます。本業だといきなり交流するのが難しい相手でも、CSRを介すと繋がることができ、業界の枠を超えて学ぶことが可能になるのです。これもある意味でのCSRの戦略的活用です。
有吉社長の講演後、泉様からは次のような解説・コメントがありました。
CSRは単なる社会貢献ではなく、経営そのものとして捉える必要があります。CSRをビジネスの中で活かすためには、企業の経営理念自体にCSRの要素が落とし込まれていることが重要です。企業の基本的な価値観に社会的取り組みに対する考え方が含まれていなければ、戦略やマネジメントを行う際の根拠にならないからです。
ソーケンのCSRが魅力的であり、その後のお仕事の話につながり、実際に収益もあがっているのは、CSR活動のストーリーにリアリティがあり、接点を持った人々を共感させることができているという理由があります。CSR活動を行う時、ストーリーこそ重要であると言われていますが、地に足のついていない「できすぎたストーリー」「形だけのストーリー」が多いのが現状です。社会的な取り組みを行い、それを競争優位に繋げていくのであれば、ストーリーに必然性・納得性・共感性があるのか、今一度確認してみることが大切です。
CSRはすぐに利益に繋げることはできません。ソーケンの場合も一定の年数を要しました。しかし、効果的にマネジメントし、継続して活動をすれば確実に財務的なメリットは得られるようになります。子どもたちと一緒に学校の内装工事をした職人のエピソードからも分かるように、社員のやる気というお金では買うことができない価値をCSR活動によって生み出すこともできます。労務の基盤ができていないのに背伸びをしてCSR活動を行い、失敗した企業もあります。利益に対しての道筋と距離感を理解し、活動が一足飛びにならないよう気をつけなければいけません。
また、自社だけでなく他社のCSR活動のフィールドにも積極的に参加することで、新しいチャンスを掴むことができます。残念ながら、社員が新しいネットワークを持ち込んでくることに対し、嫉妬する経営者がいることも事実です。ただ、こまめな進捗報告を欠かさず行い、経営計画に沿ったCSR活動をトップの了承を得ながら進めていくことで、そうした問題は回避できると思います。経営者が第一線で動くことにより、社員も確実に動きます。トップがCSRに対し高い意識と意思を持つことが、企業の利益に繋がるのです。
CSRによるメリットを求める時には、benefit(利益)・action(行動)・loss(喪失)の3つの軸で考えることが大切です。CSRを行うことで、どのようなbenefitが欲しいのか。そのためにどのようなactionをすべきか。それをしなければ何をlossしてしまうのか。利益と行動は議論されても、何を喪失するのかという点は議論されないまま進行されがちなので注意してください。
今回の話が、自社のCSR活動振り返りと事業成果につながるきっかけになりますと幸いです。